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葬儀の作法も何も知らないけど、記憶を頼りに真似事のような事をした。ゲージの北側にろうそくを一晩中点けて、お線香の代わりにお香を焚いて、伊織をいつものハンモックの上に寝かせた。
真夜中だったけど、友達に電話したら、タクシーで来てくれた。別の友達も、昏睡状態に入った時、「行こうか?」って言ってくれたけど、悪いからと断わった。この時も、一度は断わったが、それでもと来てくれた。せっかく来てくれても、私は泣く事しか出来なかったけれど…。
友達が帰って、一人になったら壊れたように泣きじゃくって、来てくれた意味がようやくその時に解った。
しばらくはカイロを入れたままで暖かかった伊織の体も、しだいに固くなって、鼻や爪の先が赤黒く変色し始めた。ちょうどこの頃、亡くなった親を「いっしょに居たいから」という理由で自宅に保管していた女性の事件があって、ふとその気持ちが解るような気がしていたけれど、その姿を見ていたら「一刻も早く土に還してあげたい」という気持ちの方が勝った。
夜が明けて、ペット斎場に電話をして、友達の仕事が終わる7時過ぎに荼毘にふしてもらう事になった。小雨が降り始めていた。
子どもの頃、『葬儀の時などに雨が降ると、その人は天寿を全うしたという事なんだ』と聞いたことがあるので、それが救いだった。余談だが、49日の日にも雨が降っていた。
それから、どうやら私は「ペットロス」というものになってしまったらしかった。毎日毎日、どうしようもないくらい泣いた。
哀しいのと同じくらい、自分が許せなかった。自分が伊織の命を縮めたんだと思った。それから、看病していた時のことも色々と思い返しては「あれでよかったのか」と自問自答した。
そんな最中の4月の終わり、前々から予定されていた九州旅行に伊織の遺骨とともに出発。伊織もいっしょに行けるかどうか…なんて心配していたのが遠い出来事のようだった。最終日には、実家の庭に伊織を埋めて、その上に花の苗を植えた。
旅行中は、すっかり立ち直れた気になっていたが、帰ってきたら、また泣き続けた。これが、49日を過ぎても続いて、さすがに自分で自分に呆れてきた。カウンセリングなどを受けるべきかとも悩んだが、やめた。もっと深刻な病気で悩んでいる人たちにも、伊織にも申し訳ないような気がしたからだ。
そんなこんなで、2ヶ月が過ぎた頃、夢の中に伊織が出てきた。
夢の中でも私はベッドに寝ていて、伊織は右腕の上にぴったり寄り添って寝ていた。その顔は、ふにゃふにゃ〜っと幸せそうで、とっても気持ちよさそうだった。私はただ、それを眺めてぽんぽんと伊織を撫でていた。それだけの夢だった。
起きてみたら、ものすごく幸せな気持ちになって、そっちのほうにビックリした。伊織の夢なんか見たら泣いてしまうと思っていたから。
私は本当は泣きたくなんかなかった。泣いたって、どうなるものでもないし、もし伊織に「魂」というものがあったら、私が泣く事によってこの地に引き摺られてしまうような気がしたし、とにかくいい事なんかひとつもない、と思っていた。だから、この夢を機に立ち直る事ができるような気がした。
その後、4ヶ月が経った今、2日おき、3日おき、とだんだん間隔は空くにしろ、情けない事に結局は未だに立ち直れないままでいます。ひと月くらい前に、また伊織が夢に出てきましたが、その時は何と「久しぶり〜v」なんて言ってました。めちゃ明るく。どうなってるんでしょう。願望なんでしょうか。
ペットショップなどに行くと、すぐにでも次の子をお迎えしたい衝動に駆られてしまいますが、今の私には、それはまだまだ先の話になりそうです。
もっと、精神的にも、時間的にも、経済的にも、余裕が持てるようになったら、ゆっくり考えようかと思ってます。自分自身、成長が必要です。
つたない文章でしたが、「伊織の成長日記」はこれで完結です。
これまで伊織を見守ってくれた方々に、感謝をこめて…。
2001/08/12 しゅう&伊織
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